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国生みの島

国生み神話 オノゴロ島

国生み神話

「このクラゲのうように漂える島々を修め固めよ」との天神(アマツカミ)の命により、イザナギ、イザナミの二神が天の浮橋から天沼矛を指し降ろしてかきまわし、引き上げたその矛先から滴り落ちる潮が、おのずから固まってできた島が、オノゴロ島である。
イザナギとイザナミは、オノゴロ島に降り、その島にある天の御柱を見立て、社をたてました。そして、天の御柱をそれぞれ逆方向に廻り、ミトノマグワイをして島々を生んでいきます。
最初に、水蛭子を生むが、島とはなれず葦舟に入れて流し、次に淡島を生むがこれも島とはなれませんでした。
イザナギとイザナギは、高天原に向かい、天神(アマツカミ)に相談をし、太占(フトマニ)をして、ミトノマグアイの声をかけ合う順番が間違っていると知り、やり直し、最初に淡道之狭別島(淡路島)を生み、伊予之二名島(四国)、隠岐之三子島(隠岐)、筑紫島(九州)、伊伎(壱岐)、津島(対馬)、佐渡島(佐渡)、大倭豊秋津島(本州)の順に生み、これらを大八島国としました。

オノゴロ島

オノゴロ島は、イザナギ、イザナミによって、日本で最初に作られた島ということになっています。他の島とは、生まれてくるのに対し、オノゴロ島は、おのずから固まって島になった島としていますし、日本書紀では、国生みの際、オノゴロ島を胞(エ 胎盤)にして島を生みます。これは、他の島に対して特別視しているようです。
仁徳記歌謡にもその名が歌われていますが、現在は、実在の島ではなく、神話上の島と考えられています。
しかし、オノゴロ島だけ神話上の島というのは、おかしいですよね。淡路島にもオノゴロ島の伝承地がいくつかあります。解釈の仕方次第だと思います。

解釈

国生みをいろんな資料を参考にし、私なりに解釈すると書きのとおりです。
「このクラゲのように漂える島々を修め固めよ」とあるようにまるでクラゲのように漂っている島々を群島。家島は、44の島でなっているぐんとうであります。
「天の浮橋から天沼矛でかきまわし、滴り落ちる潮」、家島の西島と坊勢の間には、潮の干満により、道ができる「天の浮橋」が存在しています。そして、西島の「天の御柱」から海を見ると、いろんな海流がまるで潮をかきまわしているように見える。
「おのずから固まってできた島」、これも天の御柱から見ると家島群島がまるで集まってきているように見えます。
「水蛭子」、ヒルゴとよみますが、蛭子は、読み方を変えるとエビス、つまり、恵比寿。多くの解釈では、蛭のような奇形の神というふうに解釈されていますが、国生みで生まれているかぎり、島になれなかった島というふうに解釈するべきと思い、「鹿の背」と呼ばれる浅瀬の磯、ここは、瀬戸内海でも有数の漁場になっており、島になれなかったと考えると、水蛭子そのものだと考えられます。(東大、山川振作教授の考えです。)
「淡島」、これは、水蛭子よりは、島っぽい、小さな島、海面に出ている岩を指すのではないでしょうか?(山川教授によると明石周辺だそうです。)
「天の御柱を見立て、社をたてました。」、多くの解釈では、天の御柱を立て、その前に社を立てると解釈していますが、原文には、「天の御柱を見立てて」と書いてあるので、もともとそこにあったもの(石)を天の御柱と見立てて、つまり、天の御柱として、その前に社を建てたと理解すべきではないでしょうか。
古事記の中には、瀬戸内海、家島周辺の島が次々出てくるのですが、なぜか家島に当たる島が出てきません。これは、不思議な話ですよね。家島からは、旧石器、縄文土器、弥生式土器などが出土し、はるか昔から、人々が栄えていた証拠があるのに出てこないのは、どう考えてもおかしい。
この周辺の地理的なものを考えてもやはり、家島がオノゴロ島であると解釈できます。